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30代でセブへ初の英語留学するも、コロナによる語学学校閉鎖で途中帰国した経緯まとめ【フィリピン】

フィリピン・セブ島 語学留学期間 2020/01/05~03/21

ブログ、半年ぶりの更新です。すみません。
この半年、何をしていたかというと、

2019/10~12  リゾートバイトで留学資金を貯める&英語事前勉強

2020/01~       セブ島へ語学留学

2020/03/17    留学残り1か月で、語学学校閉鎖が決まる

2020/03/21    フィリピン航空の臨時直行便で成田着

という、なかなか目まぐるしい時間を過ごしていました。

フィリピンから日本への入国は3/21時点で特に制限はありませんでしたが、現在は念のため2週間の自宅待機をしています。

私はいま30代前半で、今後の転職のために「日常英会話ができるようになる+TOEIC最低600点、できれば700点取る!」を目標にセブ島留学をしました。留学期間は3か月で申し込み、様子を見て数か月延長するつもりでいました。

しかし、留学から2か月後、残り1か月を残し、フィリピン政府のコロナ対策によりセブ島のすべての語学学校が閉鎖。道半ばで帰国しました。セブ島から途中帰国することになった日本人留学生や旅行者は1,000人以上とも言われています。

全語学学校閉鎖というフィリピン史上初(というか世界初)の出来事について時系列をまとめてみました。多少記憶が曖昧なところもありますが、この悔しさを忘れず冷静に振り返るためにも。

1月上旬~3月上旬 セブ、いたって平和

中国で新型ウイルスの肺炎について報じられたのが12月末。このころは、日本だけでなくほとんどの国でコロナウイルスの脅威を深刻に捉えてなかったと思います。

私がフィリピンへ渡航したのは1月5日ですが、当時は入出国制限など無く、世界中どこでも自由に移動できる状態でした。もちろん語学学校でのマンツーマン英語授業も平常通り行われていました。そんななか、

●1月末 武漢から日本人を載せたチャーター機が到着
●2月上旬 ダイヤモンドプリンセス号で感染報道

この頃から、授業で講師(全員フィリピン人)とコロナの話題をよくするように。また、英語の勉強も兼ねてBBCやCNNのTwitterをよく見ていたのですが、コロナの話題でもちきりのため、「quarantine(検疫)」「positive(陽性)」「bankrupt(破産した)」などの嫌な単語を覚え始めました。これらの単語、一生忘れんわ。

●3月上旬 ヨーロッパでの感染拡大報道が目立ち始める

ただセブ島には感染者はおらず、いつも通りの生活を送ることが出来ていたため、フィリピン人の講師やスタッフもあまり危機感はなかったです。もちろん生徒も。マニラの方は感染者が出たものの、日本の感染者の方がはるかに多かったため、「日本よりフィリピンの方が安全だよね~」なんていう生徒もいたくらいです。私も今はフィリピンにいた方が安心だな、と思っていました。しかしこの思いは後程撤回されることになります。

ちなみに、この頃まではセブのスーパーでは500mlのアルコールが大量に売られていました。日本ではとっくに手に入らないものが、セブでは容易に購入できました。

3/11~16 セブもそろそろ危ないかも?と思い始める

3/11(水)

●アルコール需要の高まり

ヨーロッパでの感染者が爆発的に増え、マニラの感染者数も増えてきたため、セブにコロナが上陸するのも時間の問題と考え、アルコール調達のためスーパーへ行きました。するとアルコール購入に制限がかかっていました。

250mlのアルコール、ひとり3本まで。この一週間前までは、500mlのアルコールが棚一杯にあったのに。

私はこの日、複数種類のアルコールを3本購入しましたが、うち一本はノンアルコールの消毒液だったと後で気付きましたww痛恨のミスww

3/11を最後に、私の学校付近のスーパーや薬局ではアルコールは在庫切れで買えなくなりました。

3/12(木)

●フィリピン政府、マニラ封鎖を発表

首都圏に出入りする交通(国内便、船舶、陸路など)が3/15から全運休となること、マニラの全ての公立、私立学校を4/12まで休校とすることが発表されました。

この発表を知り、いよいよ不安に。

この時点でフィリピン全土の感染者数52例なので、人数のわりにかなり厳しい対策を強行的に行うのがフィリピン政府なのだと感じました。医療体制が十分でないのも関係あるのでしょう。留学切り上げて帰ったほうがいいかも、と考える生徒も出始めましたが、学校側からは特に何のお知らせもありませんでした。

3/13(金)

●セブ島で最後の授業

この次の週から授業中止になるので、この日が最後の授業でした。もちろん当時はそこまで予想していなかったわけですが。授業もいつも通り行われました。

短い英語のエッセイを書く宿題があるのですが、今ノートを見返したら下記のようなことを書いていました。↓

「Metro Manila will be placed on lockdown amid Covid-19 outbreak from March 15.」
「We can’t predict what will happen in Cebu after that.」
「I feel uneasy whether the international flight I already booked will depart on the original scedule.」
「I may not go outside if I’m free to prevent the infection.」

「マニラがコロナのせいで封鎖になった!このあとセブでも何が起こるかわからない!私の予約した国際線のフライトちゃんと予定通り飛ぶかめっちゃ不安!!感染しないためにももう外出しない方がいいかも」と。

 

その予想、全部あたってるよ!!

数日後、あなたの不安全部的中しますから~~~!!今やセブも封鎖(lockdown)されていますから~~!!(セブ州 3/28~4/28まで封鎖予定)

3/14(土)

●セブ市にてTOEIC試験実施

地元の実施スタッフ全員マスク着用、受験者も8割方マスク着用し、会場の至る所にアルコールが設置され、物々しい雰囲気で受験しました。

日本では3月のTOEICは既に中止となっておりコロナの収束時期も不透明なため、「TOEIC受けられる機会はこの先しばらく無いかも。これが最後だろう…」と緊張しながら受験。しかしこのTOEICの結果は3/27時点でまだ来ていないです。セブが封鎖され、事務局が運営していないのだろうと思っています。

●セブ州、全公立・私立学校の閉鎖を決定(語学学校は範囲外)、夜間外出禁止を発表。

●語学学校から、3/16(月)以降も通常通り授業を行うというメールが届く。

ほんとに授業できるのかよ?と疑問に思いつつも学校の方針に従うしかなかったです。

3/15(日)

●深夜、語学学校から、「3/16(月)は休講、3/17(火)からは授業体制を変えて授業を続ける」というメールが届く。

政府の発表がコロコロ変わるため、語学学校もそれに合わせないといけません。語学学校経営側もかなり混乱しているんだと察知しました。

3/16(月)

●休講のため一日自習

朝、語学学校から17日以降の授業体制について説明を受けました。感染防止のため、講師と距離をとって授業を受ける、ランチは講師たちと共にしない、などです。

しかし、在フィリピン大使館から届くメール(登録すればフィリピンに関する情報が逐一報告されてくる)や英語ニュースばかり見てしまい、自習どころではありませんでした。

●深夜?、フィリピン政府、ルソン島全域の隔離措置の強化を発表

ルソン島とは、マニラ首都圏のある大きい島で、まさに政治経済の中心地。ここを封鎖するとの発表です。日本に置き換えると、関東全域封鎖するというイメージ。やばいですね。ちなみにセブ島はフィリピン第二の大都市でルソン島のはるか南にあり、置き換えるなら関西圏といったところ。

この隔離措置強化で、「ルソン島からの出国希望者(外国人旅行者、留学生)は、3/17午前0時以降の72時間以内に出国せよ!それ以降は4/12までルソン島からの出国は認めん!」という滅茶苦茶なルールが制定されます。日本で置き換えるなら、「関東圏に住む外国人、留学生、旅行者よ、72時間以内に出て行かないと一か月先まで母国に帰れなくなるぞ」ということです。やばいですね。

これにより、この後多くの外国人や航空会社が翻弄されることになります。この発表にあわせてフィリピン航空は国際線の大幅な見直しをしたと思われます。(なお混乱が生じすぎたからか、このルールは後程撤回され、外国人は常時出国できるように戻ります。当たり前だ)

3/17~21 学校閉鎖から帰国まで怒涛の五日間

3/17(火)

●朝、語学学校より、学校閉鎖を知らされる

前日の授業続行の方針から急転直下、フィリピン政府の命令が下り、セブ島すべての語学学校が閉鎖されることになったのです。「やっぱりねーーー!!!」と思いつつ、相当ショックでした。しかし帰路の航空券を確保しなければならないため、落ち込む間もなく航空券を探すことに。私のいたキャンパスの生徒は20人程度

でも、この時点でセブ島は感染者が出ていないのですよ。首都マニラのあるルソン島封鎖に伴い、セブにも厳格な対応をとるということなんでしょう。

●セブ・マクタン空港のフィリピン航空カウンターに行く

行ってはみたものの,空港には当日の乗客以外入れず、空港入り口には行き場をなくした日本人や欧米人で溢れていました。フィリピン航空の職員に、「3/17~3/19までの航空券はソールドアウト。3/20~4/14まで、すべての国内線と国際線は欠航」と言われ、お先真っ暗に。おそらく、3/16発表の72時間ルールにあわせて国際線を欠航にしたんでしょう。滅茶苦茶ですね。

この時点では、フィリピン航空の直行便で日本に帰れるのは4/15と言われます。そんなに待てないよ!語学学校側からは、航空券を購入できない場合は学校の寮に滞在できると通知が来ましたが、治安の悪化が懸念される中、このあと一か月もセブに滞在したくありません。焦りました。

3/18(水)

●フィリピン航空事務所に乗り込む

8:30、情報を求め、語学学校の仲間数人とアヤラセンター近くのフィリピン航空事務所に行ってみました。炎天下の中、事務所前には行き場を失くした大勢の日本人が溢れていました。

3時間半程の待ち時間でカウンターへ。途中で泣きたくなりつつも、拙い英語力で必死に会話しました。係員の方から「3/17~3/19までの航空券はソールドアウト。3/20~4/14まで、すべての国内線と国際線は欠航「ただ、もしかしたら20日に成田直行の臨時便が出るかもしれないから、わかったら連絡する」と言われました。

臨時便ほんとに出るの?ほんとに連絡くれるの?と不安を抱えつつ、帰宅しました。炎天下の人混みはすごく疲れて、ここでコロナに感染したら本当に帰国できんぞ…という不安がぬぐえませんでした。

●セブ島で初めてコロナ感染者を確認

語学学校のあるマンダウエ市でセブ島初の感染者が出ます。「ついにきたー!!」とショックを受け、帰る見込みもたっていないのになぜか荷造りを始めました。気が動転すると無心に手を動かしたくなるんですね…。

3/19(木)

●成田直行臨時便希望枠に申込み

語学学校からメールが届きました。成田直行のフィリピン航空の臨時便に1000米ドルで搭乗希望であれば、申込フォームを送信せよという内容でした。

この時点で、その直行便が本当に飛ぶのかすら確定していないということでしたが、とりあえず申し込みました。1000ドル…(泣)

ちなみにフィリピン航空を申込せず、他の航空会社で第三国経由のチケットを取得した日本人留学生もいました。

●保険として台湾経由の便を予約

フィリピン航空の臨時便が飛ぶかわからないので、保険をかけて、別の航空会社のチケットを、4/1発セブ→台湾経由→成田便を5万円ほどで予約しました。しかし、できれば第三国経由は避け、直行便で帰りたかったです。なぜなら各航空会社のフライトスケジュールが大幅に変更になっており、4/1発のフライトも本当に飛ばしてくれるかわからなかったからです。(この後、空席が出たので4/1発→3/27発に日程を変更しましたが、まもなく台湾でのトランジットが全面禁止となり、3/27発のフライトもキャンセルになりました。怖)

フィリピン航空の臨時便出てくれー!と祈る日々。英語の勉強どころではない。

3/20(金)

●フィリピン航空の事務所にて発券!!

語学学校よりメール案内があり、フィリピン航空直行便臨時便を申し込んだ人は正午にフィリピン航空事務所へ集合せよ、という通達に従い、再び事務所へ出向きました。またたくさんの日本人。

ここで臨時便とりまとめの日本人の方たち(フィリピン航空の人ではないです。どこの方なのか存じ上げませんが、見ず知らずの留学生達のために働いていただき感謝しています)から臨時便についての説明を受け、夕方、ついに3/21発の臨時便のチケットを発券することが出来ました。1060ドル(12万円!!でした。なんだかんだでこの日もフィリピン航空の事務所(事務所に入るのに人数制限があるので炎天下の外で)に半日ほどいました。

「明日帰れる!!!」あの無事に発券できたときの嬉しさは忘れられません…。

3/21(土)

●日本着

セブ・マクタン空港は臨時便に乗る日本人で溢れていました。一方で、カフェやコンビニを除き、空港内の免税店はほとんどクローズ。利用客がほとんどいないため、当然ですね。

マクタン空港では余った少額紙幣のペソで無理やりお土産を買う余裕があり、出発時刻は多少遅れたものの、無事に日本へ入国できました。ただ入国時、体温を測られただけで他には特に検査もされなかったので若干不安でした。(中韓イランヨーロッパと異なり、当時はフィリピンからの入国制限や隔離措置はなかったため)語学学校の人たちとも空港で解散、皆帰路へ着きました。わたしは本来は友人に会ったり東京観光したりする予定でしたが、コロナのせいでそれも出来なくなり、即自宅へ帰りました。

私が帰国したのは3/21(土)でしたが、3/22(日)以降も臨時の成田直行便が何本か飛んだらしいので、セブに取り残された日本人留学生は特段の事情が無い限り、ほぼ帰国できたものと思われます。

3/21以降のセブ島の動き

●3/21、セブ州、3/22より学生及び65歳以上の者の24時間外出禁止を発表

●3/23、セブ州、すべてのレストランの店内飲食禁止、ホテルの5名以上の団体予約受付禁止を発表

●セブ州、3/28~4/28まで隔離措置の強化を発表

※在フィリピン日本国大使館、在セブ領事事務所の発表をもとに掲載しています

これを見ると、3/21に帰国出来て本当によかったと思います。

一連の騒動のなかで不安だったこと

マニラの隔離措置強化が決まってから帰国するまで、下記のことが不安でした。

非常時に新興国で体調を崩したら…

セブ市には日本語の通じる病院があり、平常時であれば、海外旅行保険にさえ加入していれば、あまり医療の心配はありません。実際、私は1月に腹痛で診察を受けましたし、コロナ騒動の前に風邪で入院した生徒もいます。

ただ、今回のような非常時にコロナの疑いで新興国の医療を受けるというのは最も避けたい事態だと思いました。政府指定の隔離施設に入る場合は自費(保険が効くのかもわからない)ですし、医療体制も不安ですし、言葉も通じませんし、何より異国の病院に新型肺炎の症状で一人で待機というのはキツイです。幸い元気に帰国出来ましたが、もし体調を崩したら…、と考えると恐怖でした。

治安悪化による影響

失業者が増加することにより治安が悪化すると、犯罪に巻き込まれる可能性が高くなります。この非常時に現金やスマホを強奪されたら、帰国する前に心が折れます。

また、世情不安により今後もしATMやクレジットカードなどが使えなくなったらどうしよう、と考えて多めにフィリピンペソを引き出しました。これは杞憂に終わりましたが、当時は本当に先のことがわからなかったのです。現在、日本円の現金よりもフィリピンペソの方を多く持っている私…。

数時間ごとに目まぐるしく変わる状況

フィリピン政府の政策が二転三転し、それに合わせて各航空会社の運航スケジュールや語学学校の対応が変わり、その都度自分が何をすべきかが変わる、、ので気が休まらない日々が続きました。

第三国経由の航空券予約しても、次の日には「欠航」のメールが届く、ということが続いていました。その日の夜にやるべきことをやってホッとして眠りについても、次の日の朝にはまた状況が変わり、昼にまた変わる…の繰り返し。これで体調崩してたらもうお手上げでした。

それでも、航空券のオンライン予約とか海外でのトラブルに慣れている人ならまだいいんですが、生徒のなかには高校生やネットが不得意な高齢者もいました。彼らに「自分で航空券見つけて帰れ!」というのは無理なので、皆で助け合い、結果、私のキャンパスの生徒は全員無事に帰国できました。こういうとき助け合いが不可欠ですね。日ごろから他の生徒とコミュニケーションを取っておいてよかったです。ひとりだったら本当に泣いていたかもしれません(T_T)

30代の英語留学一時中断、今後どうするか

帰国し、一週間が経過しました。己の判断で自宅隔離中ではありますが、無事に帰国できたこと自体は本当に嬉しく有難かったのです。

ですが、これからのことを考えねばなりません。私の留学期間はあと一か月残っています。

語学学校からは、

①再留学
4月中旬以降の語学学校の再開準備中とのこと。私の場合、追加料金なしであと1か月留学可能

②オンラインレッスンに振り替え
もともとオンラインレッスンの無い語学学校であるが、特別措置として行うらしい。5月以降開始予定

③キャンセル
ただし3/16~4/11までの留学期間についてのキャンセルによる返金は行わない。4/12以降の留学についてはキャンセルポリシーに基づき返金する

の3つから選べとメールが来ました。

まず、①再留学は、コロナがいつ収束するかわからないので却下。次、③は返金がほぼ無く、私にメリットが無いので却下。

となると②オンラインレッスン振り替えしかない…。しかし、世界中の大都市が封鎖されるなかで、ちゃんとオンラインレッスンが再開されるとは思えません。語学学校もスタッフを抱えて生き残りに必死なのでしょうが。

私の当初の計画は下記でした。

●金銭的にも年齢的にも、最初で最後の長期留学のチャンス!最低3ヵ月、様子を見て4~5か月に延長しよう
●日常英会話できるようになりたい。TOEIC最低600点を取りたい。履歴書に堂々と書ける点数を取って転職活動するぞ

●開始2か月で留学中断。
日常英会話はまだ出来ない、TOEICの再開時期未定でリスニングとリーディングを証明する指標も無い

●コロナショックで未曽有の経済危機&一番英語を使うであろう観光業は特に就職難

 

なんだこれ(^O^)/

 

中途半端(^O^)/

 

まぁ英会話の上達って何年もかかるので…いい歳して私の当初の計画が甘かったのかもしれませんが、英語やりたい!転職したい!って意気込んで留学したにも関わらず、ものすごく梯子を外された感があります。

世界中に失業者があふれコロナで亡くなる方が何万人もいる中で、私はまだ恵まれている方なのは重々承知です。ですが、悔しいですし、落ち込みます。誰も悪くないだけに。皆辛いから我慢しろではなくて、悔しい悲しいときは皆が吐き出せた方が健全だと思います。

再び、学生から無職になりました。あと1週間は外出できないので、とりあえず英語を勉強しながら、ブログを書きつつ、求人を探したいと思います。コロナの被害者であるすべての人類に幸あれ!!

END

ABOUT ME
こばと
こばと
ひとり旅歴15年超の30代シングル。国内が多め。 会社員人生を降り、短期の労働で旅資金を貯め、長期の旅行に出ています。旅行自体もひとりで行くが、人生の迷路をさまよい歩いている30代なので、人生自体がひとり旅だと思っている。 働くのが嫌い。旅先での自然さんぽと街歩きが好き。猫への愛がすごい。

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